22/ 10/ 2022
自分の好きな物だけ見ていていい。
自分の好きなところだけ聞いていればいい。
自分の好きな人だけ見つめていればいい。
(自分は変わるから、今好きでもなく関心もないことも、自然に知りたくなるときが来得るから。。)
自分のことを嫌いになっていったりしている今は、そんな当たり前のことすら忘れて汲々として苦しんでいた。
なんで、心のなかは同居している家族と一緒にいる苦しみや不快感ばかりでいっぱいで、自室に逃げるように閉じこもっているんだ。って…。
今年のはじめにたくさんのことを学んだうちに、仏教があった。
欠けているところばかり見つめて、理想とのギャップに心が急いて、過去と未来を美化して、今のありがたみや幸せ、今できることがいかに沢山あるかを落ち着いて考えなかった。
親の声や、親が観ているアニメの音声を搔き消したくて流し出したYouTubeの洋楽のミックスリストが、いつのまにか自分の好きな曲を流し出したとき、気持ちがいつのまにか楽になっていた。
曲を流しながら、無音でYouTubeのフェルミ漫画大学を見ていたからだ。
オランダで部屋に閉じこもって、バイト探しと就活についてどうにかして、今までとこれからのことを整理しようにもなにからどうすればいいのかわからなかった頃に見つけたチャンネルの一つ。
サムネのりんちゃんが言っている言葉で、自分がすでに望んでいる小さなことを、りんちゃんが言葉にしてくれているものだけを見た。
自分が見たいなと思うものだけ。
それがでも実際動画選びだけじゃない、すべてにおいてそうだと言えるのだとわかった。
自分が、今まで「望んでないのにしてきたこと」がたくさんあったことはずっと前から、知ってた。
それにおしまいを言う。
それだけの簡単なことだった。
なんでも難しいと勝手に思って、「むずかしい」って幻をつくり出しているということを、大学で会って好きになったけど、気持ちを言えないままでいたら、その人への気持ちがかつてと違うものになってしまった人から、教わった。もちろん今でもその人のことは好きだ。さいわい同じ「クラス」で、あと数か月、会えこそする、予定…。でもそれのあとは、他の友達のようにきっと、別れる。
自分で自分に課していた色々なものを、急に取っ払うのはきっとどうしていいかわからない。
ひとつずつでいい。
そのうちの大切な一つが、わたしにとっては、YouTubeでフェルミ漫画大学(名前変わった?)やYouTube大学、アバタローさんなどの人たちの、好きなところだけをサーフィンすることなのだ。
そうしたら色んなことに気づいて、色んなことを改めたり、元気を出したりできるから。